ICI日誌
2011/07/19
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────────────────────────────────────[Monthly] 一宮基督教研究所インフォメーション・メール 2004/04/01-04/30
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
───────────────── ICI E-Mail Lectures Headline Digest
四月に配信させていただきました電子メール講義のダイジェストです。
皆様の学びの参考にしていただけましたら感謝です。
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One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
───────────────────────── ICI E-Mail Lectures
「キリスト教教理入門」第十一部 第36章 教会の役割と政治
第二節 教会の奉仕の心(中心にあるもの) :福音
4/30 ■明らかに、エバンゲリオンは、パウロの読者たちが
パウロの意味していたものを正確に知っていた、
きわめて標準化された意味をもっていました。■
</pdf/icd11/1136/icd.1136200003.pdf>
(パスワード:6551)
第一の要素は、イエスの死と復活という
かの二つの中心的出来事である。
第二の要素は、それらの出来事に関する証言、
すなわち、旧約の預言者たちと、使徒たち自身の目撃者
としての経験である。
第三に、よきおとずれは、キリストがかつてなされたこと
(彼が死に、そして死者の中から復活された時)
ばかりでなく、『現在…提供しておられる』ことにも
かかわりを持つ。
第四に、これらの賜物を受けるために、
私たちは『悔い改めて信じ』なければならない。
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[ICI](icd.124010206) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第二項 前千年王国
4/29 ■また千年王国の性質を観察することも重要です。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010206.pdf>
(パスワード必要)
千年王国後再臨説における「千年王国の性質」は、
「徐々に」「ほとんど感知されることなく」といった特徴があり、
それは現在の教会時代の福音宣教によって
漸進的に成し遂げられていっているとの理解です。
無千年王国説における「千年王国の性質」は、
千年は象徴的に受け取られ、
サタンに対するキリストの完全な勝利を意味している
と理解されています。
千年王国前再臨説における「千年王国の性質」は、
まさにその最初から完全なものであるでしょう。
悪は事実上駆逐されてしまうでしょう。
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One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第二項 前千年王国
4/28 ■私たちがここでもっているものは、一千年の間隔がある
二種類のグループを含んでいる同種の二つの復活です。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010205.pdf>
(パスワード必要)
いずれにせよ、関連記述がないということは
否定的な主張があるということなのです。
この事柄に関して追加的な聖書の証拠がないのであれば、
私たちは二つのエゼサンの出来事を
同じ意味に解釈しなければなりません。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第二項 前千年王国
4/27 ■千年王国前再臨説の鍵となる聖句は、黙示録20:4-6です。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010204.pdf>
(パスワード必要)
ジョージ・ラッドは、「もし“エゼサン”(ギリシャ語)が
5節において肉体の復活を意味しているとしたら、
4節においても肉体の復活を
意味していなければなりません。
もしそうでないとしたら、
「私たちは釈義におけるコントロールを
喪失してしまったことになります。 」と語っています。
4/24
●神学校でのキリスト教神学 第五部「人間論」講義の下記のビデオ講義紹介を掲載しています。
ADSL接続ないし、光ファイバー接続の方は、上の「KBIビデオ講義」からご覧ください。
「人間論への導入」「人間における神の像」「人間を構成している性質」
★4/21-23は神学校での集中講義等のため配信をお休みします。次回のデイリー配信・ウィークリー配信は4/27以降です。
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One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第二項 前千年王国
4/19 ■解釈と終末論におけるディスペンセーション主義への増大する
人気もまた前千年王国説に刺激を与えました。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010203.pdf>
(パスワード必要)
ディスペンセーション主義の第一の教義は、
聖書は文字通りに解釈されなければならない
ということです。
このことを十分に知るためには、
ディスペンセーション主義は
高等批評が発展していたときに起こった
ことを認識しなければなりません。
4/16
● 神学校でのキリスト教神学第四部「神のみわざ論」講義の下記のビデオ講義紹介を掲載しています。
ADSL接続ないし、光ファイバー接続の方は、上の「KBIビデオ講義」からご覧ください。
「福音主義神学序説」、「卒業論文指導」、キリスト教神学の「第十七章
神の計画」、
「第十八章 神の原初的みわざ:創造」、「第十九章
神の継続的みわざ:摂理」
● 神学校での講義のため、4/14,15,16 の配信はお休みです。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第二項 前千年王国
4/13 ■おそらく前千年王国説は、教会の最初の三世紀の間
支配的な千年王国の見方でした。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010202.pdf>
(パスワード必要)
おそらく、それは、クリスチャンが世界の果てに届くことと
イエス・キリストの再臨を強く信じていた、
使徒時代の間支配的でありました。
彼らは王国が徐々に、漸進的に到来するのではなく、
破局的な変貌を期待しました。
この望みは当時きわめて強烈なものでありました。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第二項 前千年王国
4/12 ■前千年王国説はキリストが千年王国を開始されるために
人格的かつ肉体をもって再臨されると信じています。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010201.pdf>
(パスワード:2231)
後千年王国説と前千年王国説を比較してみてまいりましょう。
前者は「再臨をもって千年王国が終結」すると
千年王国の“現在性”信じており、
後者は「再臨をもって千年王国が開始」すると
千年王国の“未来性”を信じています。
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「キリスト教教理入門」第十一部 第36章 教会の役割と政治
第二節 教会の奉仕の心(中心にあるもの) :福音
4/ 9 ■マルコ伝の中でイエスのバプテスマや誘惑の後に最初に記録さ
れた活動は、ガリラヤにおいて福音を宣べ伝えることでした。■
</pdf/icd11/1136/icd.1136200002.pdf>
(パスワード:1031)
ビリー・グラハム博士は、ローザンヌでの開会講演の中で、
『伝道に関する聖書的な宣言をまとめること』が
会議に期待する第一のことであると述べ、
その閉会講演の中で、それが果たされたことに
満足を覚えていると語られた。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第一項 後千年王国
4/ 8 ■その特色は、キリストが再臨される前の情勢が悪化するよりも
むしろより良いものとなっていくことを期待しているということです。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010105.pdf>
(パスワード必要)
18世紀の啓蒙主義の時代、
19世紀の科学技術の驚異的発展の時代、
世界宣教の驚異的進展の時代が続きました。
しかし、20世紀は二つの世界大戦があり、高度な科学技術が
悲惨な殺戮と戦争を未曾有のものとしてきました。
科学技術の発展は
人類に明るい未来をもたらすと期待されていました。
しかしそれを行使する“人間”そのものが
深刻な問題となることを教えられた世紀でもありました。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第一項 後千年王国
4/ 7 ■後千年王国説の思想において、神の王国は未来の天国の領域
というよりはむしろ、今ここにある現在の現実として見られています。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010104.pdf>
(パスワード必要)
「神の国」を未来性と現在性の二面において把握し、
その現在性を「除々にしかし確実に世界中に広がるからし種」
のように「広範囲(世界中に広がり)で、徹底的(支配的)なもの」
とされていくと理解することは、
キリスト者が厭世的になることを防御し、
社会的責任を自覚する者とされる意味で
大切な事柄と思います。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第一項 後千年王国
4/ 6 ■後千年王国説の主要な教義は、福音の成功裏における伝播です。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010103.pdf>
(パスワード必要)
福音の伝播は、
第一に旧約聖書の預言がこの期待を生み出しています。
第二に、イエスは、福音があまねく宣べ伝えられ、
再臨の前に達成されるだろうと繰り返し語られました。
第三にキリストが復活の後に弟子たちに与えられた
大宣教命令は、すべての民とすべてのつくられたものに
福音のメッセージをもたらすことでした。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第一項 後千年王国
4/ 5 ■後千年王国説は、教会が世界を勝ち取る任務において
成功裏にあると思われていた期間、最も支持されていました。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010102.pdf>
(パスワード必要)
「終末論」の千年王国説について、
宣教に大きな進展がみられ、産業社会や科学技術、
社会改革に未来が感じられる“歴史的状況”がある場合、
「世界はまもなくキリストに差し出されるであろう」という視点
からの聖書解釈が支持されるということは
ありえることだと思います。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第一節 千年王国の見方: 第一項 後千年王国
4/ 2 ■平和は広く行き渡り、事実上悪は追い払われるとき、
キリストは再臨されます。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124010101.pdf>
(パスワード:5480)
「千年王国説」と「大患難説」の多様な学びにおいて、
自らの説のみに詳しくなるのでなく、
他の説についても“公平な”立場から“客観的”な知識を
もつことが大切だと思います。
ただ、神学書籍の中は他の説を批判するためだけに
書かれているものも少なくありません。
そのような中でエリクソンの書籍は
一方的な主張を押しつけておらず、
多様性を内包する福音派の交わりを促進する
“中庸な神学的スタンス”を養う貴重な書籍です。
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「キリスト教教理入門」第十一部 第36章 教会の役割と政治
第二節 教会の奉仕の心(中心にあるもの) :福音
4/ 2 ■疑いなく、福音は教会がなすすべての根元に位置しています。■
</pdf/icd11/1136/icd.1136200001.pdf>
(パスワード:6011)
「第一節 教会の諸機能」は
「キリストの“からだの諸機能”」を扱っており、
「第三節 教会政治の諸形式」は
「キリストの“からだの意思決定”形式」を扱っているといえます。
機能といい、形式といい、細分化されたり、分類されたりする中で、
「第二節 教会の奉仕における心(中心にあるもの):福音」を
扱うことは要領を得たことではないかと思います。
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方: 序
4/ 1 ■キリストの地上支配という千年王国が存在するのでしょうか。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124000001.pdf>
(パスワード:0141)
これは、福音派の終末論は、枝葉の相違点からはじめるのではなく、
「根」としての終末論序論を広く深く扱い、
正しく全体を見る目を養ってから、
「幹」としてまた共通項の個人終末論と世界終末論を
丁寧に掘り下げることを教えられます。
その上で、千年王国説や患難期と再臨の関係などの多様な解釈
という「枝葉」を扱うべきなのだと思います。