ICI日誌
2011/07/19
【 DVD−R メディアによる新規学習コ-ス 開始 】
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────────────────────────────────────[Monthly] 一宮基督教研究所インフォメーション・メール 2004/09/01-09/30
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
───────────────── ICI E-Mail Lectures Headline Digest
九月に配信させていただきました電子メール講義のダイジェストです。
皆様の学びの参考にしていただけましたら感謝です。
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[ICI](icd.1136103008w) ★ Weekly Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
───────────────────────── ICI E-Mail Lectures
「キリスト教教理入門」第十一部 第36章 教会の役割と政治
第一節 教会の機能 :第三項 礼拝:J.F.ホワイト「礼拝学」
9/24■最後の十二章でプロテスタントの礼拝の未来と、
礼拝への提言と展望を語っている。■
</pdf/icd11/1136/icd.1136103008w.pdf
>
(パスワード:7331)
「その教派の特色をハッキリと浮き彫りにされているような礼拝」
言い換えると
「その教派の独自の神学、教会観が
その礼拝の中で表現されているような礼拝」こそ
今日の教会で必要とされているのではないか。
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[ICI](icd.124020205) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
───────────────────────── ICI E-Mail Lectures
「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第二項 大患難後再臨説
9/23 ■患難は世紀を通じて教会の経験でした。イエスは「あなたがたは、
世にあっては患難があります。」と言われました。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020205.pdf>
(パスワード必要)
大患難後再臨主義者は
一般的な患難と大患難の間の区別を否定しないけれども、
彼らはその相違がただ程度の事柄であり
種類の事柄ではないと信じています。
教会はその歴史を通じて患難を経験してきたので、
もし教会がまた大患難を経験したとしても驚くことはないでしょう。
9/22 本日の配信はお休みします。
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[ICI](icd.124020204) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
───────────────────────── ICI E-Mail Lectures
「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第二項 大患難後再臨説
9/21 ■大患難後再臨主義者は神の怒りと大患難との間の相違を描きます。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020204.pdf>
(パスワード必要)
神の怒りが悪しき者の上に下されるものとして
聖書において語られています。
他方、信者は神の怒りを経験することはありません。
しかしながら、聖書は、信者は大患難を経験するだろう
ことを明確にしています。
これは神の怒りではありません、
神の民に対するサタン、反キリストそして悪しき人々の怒りです。
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[ICI](icd.124020203) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第二項 大患難後再臨説
9/20 ■マタイ24章における選民という用語は、聖書のあらゆるところで、
それは「信者」を意味しているという観点から理解されるべきです。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020203.pdf>
(パスワード必要)
大患難後再臨説によれば、
教会は大患難の間存在し、それを経験します。
…
ペンテコステ以来、選民という用語は教会を意味しています。
主はその患難の間教会を保護されるのであって、
それから逃れさせられるのではありません。
○ 今日のインターネット事情:ブロードバンド時代におけるICIの試み・・・JECインターネット宣教拡大委員会メモ
○ 今週の神学校での下記の講義を「ビデオ講義紹介」として掲載しています。ビデオ・ファイルですので、ADSLないし光ファィバーでご覧ください。
・『キリスト教神学(CT)』とその要約版『基督教教理入門(ICD)』をテキストにして以下の講義をしています。
「CT01_ICD01 神についての研究:第一項 神学の性質」
「CT37-38_ICD26 キリストのみわざへの導入・贖いについての諸理論」
「CT39_ICD27 贖罪について中心となる主題」
○ 9/13-17
の間、神学校で『キリストのみわざ論』の集中講義がありますので、
Daily と Weekly の配信はお休みさせていただきます。
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[ICI](icd.1136103007w) ★ Weekly Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」第十一部 第36章 教会の役割と政治
第一節 教会の機能 :第三項 礼拝:J.F.ホワイト「礼拝学」
9/10■現在の教会の差異は礼拝のありようからでていると。
教派間の協力が熱心になされている現在、
互いに教派を越えて理解し合うことが求められている。■
</pdf/icd11/1136/icd.1136103007w.pdf
>
(パスワード:9471)
エキュメニズムを推進していくためには、単なる野合ではなく、
相互の信頼の上に、真実の協力関係を確立することが
必要なのはいうまでもない。
しかし、信頼というものは相手を理解することなしにありえない。
エキュメニズムの場合、異なった教派に属する信徒が
互いに相手を理解するために、
それぞれの教派的背景を知ることが肝要である。
教派的背景とは何か。
むろん、その教派が固く信じている神学的な立場、信条の理念、
あるいは教派史をひもとくことが必要であろう。
と同時に、手っ取り早く理解しようとすれば、
礼拝がどういう理念で行われ、
どのようにして実践されているかを
知識としてもつことが最良の方法ではなかろうか。
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[ICI](icd.124020202) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第二項 大患難後再臨説
9/9 ■大患難後再臨説の第一の特徴は、
大患難前再臨説においてみられるものと比べて
最近の時代の出来事を文字通りに解釈しないことです。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020202.pdf>
(パスワード必要)
大患難後再臨説の最も大きな長所のひとつは、
聖書を取り扱うことにおけるその多方面性です。
この解釈の要綱は聖書の最も広範な範囲を
考慮に入れているように思われます。
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[ICI](icd.124020201) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第二項 大患難後再臨説
9/8 ■大患難後再臨説は、彼の教会のためのキリストの再臨は
大患難が終わるまで起こらないと主張しています。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020201.pdf>
(パスワード必要)
大患難後再臨説を真剣に学び始めましたのは、
エリクソンの『キリスト教神学』を読んでからでした。
前千年王国説でありながらエリクソンやラッドの著作は
要領よく、エッセンスがまとめられていて
読みやすいものに仕上げられています。
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[ICI](icd.124020109) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第一項 大患難前再臨説
9/ 7 ■大患難前再臨説は、二つの裁きがあることを主張しています。
教会は携挙のときに裁かれるでしょう。
信者に対する報酬が分配されるのは、その時です。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020109.pdf>
(パスワード必要)
このような選別、ないしは区分けがなされるのです。
その次に、それぞれにふさわしい断定と執行が行われるわけです。
これが、それぞれ『報い』と呼ばれるものと、『さばき』と呼ばれるものです。
広い意味での最後の総決算のことも『さばき』と呼びますが、
このみことばに続く箇所で言われている不信者に対する
『永遠のさばき』(マタイ25:41)もまた『さばき』です。
そこで、『さばき』と言われていることばには
二つの意味があることに注意してください。
広い意味で使われる場合と、狭い意味で使われる場合とです。
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[ICI](icd.124020108) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第一項 大患難前再臨説
9/ 6 ■起こるべき次の主要な出来事がキリストの来臨であるとしたら、
教会は祝福された望みのみを期待することができます。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020108.pdf>
(パスワード:必要)
もし反キリストと大患難が終末論的な議題であるとしたら、
パウロは教会に苦しみ、迫害、苦悩を予期するように
告げたことでしょう。
しかしその代わりに、彼はテサロニケの人々に
キリストの再臨の事実をもって
互いに慰め合うように教えています。
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[ICI](icd.1136103006w) ★ Weekly Systematic Theology by Aguro ★
One More Paragraph! −組織神学的瞑想のひととき−
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「キリスト教教理入門」第十一部 第36章 教会の役割と政治
第一節 教会の機能 :第三項 礼拝:J.F.ホワイト「礼拝学」
9/ 3■宗教改革にその信仰の系譜をもとめるプロテスタントは、
その共同体で行っている礼拝の起源を尋ねること、
伝統を再吟味することが求められているのである。■
</pdf/icd11/1136/icd.1136103006w.pdf
>
(パスワード:5441)
礼拝の伝統を検討することは、
すなわち現下の教会の生命の根源を探求することになる。
そして、そこから、もう一度現在の教会の礼拝と比較対照すれば、
何が求められ、何が歪められ、
何が無自覚のうちに継承されているか明らかになる。
礼拝の歴史的研究は過去の列挙にとどまるものではなく、
現在の教会の生命の根源を究める作業である。
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[ICI](icd.124020107) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第一項 大患難前再臨説
9/ 2 ■イエスは彼の聴衆に目を覚ましているように主張されました。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020107.pdf>
(パスワード必要)
主の来臨は夜中の泥棒のようでしょう。
また、思いがけない時間に帰ってくる主人のようでしょう。
そこには突然の分離が起こるでしょう。
二人の男性が野で働いているでしょう。
二人の女性がうすを引いているでしょう。
それぞれの場合に、ひとりは取られ、もうひとりは残されるでしょう。
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[ICI](icd.124020106) ★ Daily Systematic Theology by Aguro ★
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「キリスト教教理入門」
第十二部 第40章 千年王国と大患難についての見方
第二節 患難についての見方: 第一項 大患難前再臨説
9/ 1 ■大患難前再臨説のうちには
主の再臨が差し迫っているとの強い強調があります。■
</pdf/icd12/icd1240/icd.124020106.pdf>
(パスワード必要)
彼の再臨は患難より前に起こるから、
携挙より前に成就されなければならないものはなにもありません。
それゆえ、教会のための彼の再臨は、
次の瞬間においてさえ、いかなる時にも起こりえます。
★ 8/1-31 の配信はお休みさせていただいています。